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飯島 陽志(東京)

独立のきっかけ

安定したサラリーマン人生に決別し、自分の頭と知識で稼ぐ仕事をやりたかった。

小学校の時の文集の将来の夢は、「社長」だったんです。でも、大学は中退。24歳まではバイト人生でした。ビアガーデン、電器屋さんの販売、携帯の販売、飲食店、ピザ屋のチラシ配り、本当にいろいろやりましたが、結婚を前にそろそろ安定しなきゃと大手家電メーカーに就職し、法人営業を担当することになりました。とはいえ、確かに安定はしていましたが、サラリーマン人生にどこか納得がいかなかったのが正直な感想でした。とにかくやらされている感が強かったですね。一番納得がいかなかったのは、収入です。年功序列で、入社が早い人のほうが、年齢級で給料が上がっていく。だったらいっそ独立したいなって思ったんです。金融・保険関係に関心がありましたので、アントレ(独立開業の情報誌:リクルート刊)を見ていたら、ちょうどアフラックの代理店募集広告に出会ったのです。サラリーマン8年目、32歳。小学校の時の夢をここでかなえました。

独立の支えになったこと

家族の反対を押し切ってスタート。でも4年目には法人化できるまでに収入も上昇。

独立するからには、高収入を目指していました。具体的に1,500万円以上。安定には全然こだわってなかったですね。妻は反対しました。ちょうど2人目がお腹にいて、マンションも買ったばっかりでローンが30年くらい残っていたからです。父親もやっぱり反対しました。大学を中退したにもかかわらず運良くいいところに就職したのにと。最終的にはふたりともあきらめましたけど、私には頭のどこかに成功するという直感のようなものがあったんですね。保険はメーカーと違って商品にカタチがありません。在庫がないんです。だからこそ、自分の頭一つ、知識一つで勝負できる。だから、他人の努力に依存しない。自分の努力次第でどうにでもなると思ったんですね。アフラックをはじめて現在4年目になります。今年念願の法人化をしました。今では、家族も応援してくれています(笑)。

私の営業スタイル

試行錯誤の営業の中で、自分らしい営業スタイルを見つけました。

もちろん開業当初は試行錯誤でした。営業といっても法人しか経験がありませんし、全くの異業界ですから。でもだからこそ、こだわりを持たずにいろんな方法を試みました。チラシのポスティングもしましたし、飛び込みもしました。でも、なかなかうまくいかなかったですね。そんなとき、アフラックの勉強会の講師が、法人への保険の販売をアドバイスしてくれたんです。あっそうだ、自分はもともと法人営業だったし、それをやらない手はないなと思い、法人へアタック。未経験ですが、これまでの経験が何かしら活きてくる。それが、アフラックの仕事の魅力だと思います。それからは軌道に乗りはじめました。今では、お客様もご紹介いただくことがほとんどで、法人営業が中心です。個人代理店から法人代理店になってからは、経営者としての考え方にも変化が生まれました。社会貢献の大切さです。私の場合、わずかではありますが、ご契約を1件いただくごとに子ども1人分のポリオワクチンを寄付することにしています。

飯島スケジュール

アフラック町田支社  木更津 亜紀子